リングにかけろ

リングにかけろ 名勝負を振り返る 高嶺竜児vs辻本昇PART②

「リングにかけろ」概要

作者/車田正美

掲載誌/週刊少年ジャンプ

連載期間/1972年2号~1981年44号

主な登場人物/高嶺竜児 高嶺菊 剣崎順 香取石松 志那虎一城 河井武士 など

主人公高嶺竜児がプロボクサーだった亡き父の遺志を継いで世界チャンピオンを目指すべく、姉である菊の教えを受けて成長していくいわゆるスポ根系のボクシング漫画。

略称「リンかけ」

リングにかけろ 名勝負 高嶺竜児vs辻本昇 PART②

辻本の過去と弱点

PART1からの続き

辻本の幼い兄弟たちがリングにつめかけてきたところで、試合はいったん中断。

兄弟たちの話によれば、辻本の父親が亡くなったという驚愕の事実が判明する。

しかし辻本は身内の訃報もおかまいなしに試合続行を訴える。

自分の目的は目の前の竜児、そして決勝で剣崎を倒して有名になることだと宣言。

辻本の所作からあることに気づいていた菊。

それは不死身の男、辻本の唯一の弱点であった。

「お前の弱点はチン(アゴ)だ!」

菊の指摘に、言い当てられた辻本は初めて動揺を見せるが、すぐに持ち直し、

よく見抜いたとほめてやりたいが…あたり屋って知ってるか?」とおもむろに話し始めた。

ここで辻本の口からあまりにも悲痛な過去の事件が語られる。

辻本は幼い頃から、父の命令であたり屋をさせられていた。

彼が鋼のような肉体を持ちボディーへのパンチが一切通用しないのは、皮肉にも車に飛び込むことで鍛え上げられたせいだったのだ。

ある日、いつも通りあたり屋をしている時、辻本は車にひかれ、不運にもアゴを砕かれてしまう

その時の後遺症で、アゴが弱点となってしまったのだ。

辻本が四六時中ガムを噛み続ける様子を見て、それはアゴを鍛えるためだと菊は気づいた。全く恐るべし推理力である。

弱点がわかったからといって、お前のストレートはおれには通用しないぜ」辻本は自信満々にそういってみせる。

(確かにそうだ)

辻本のアゴを打ち抜くにはアッパーカットしかない。

そして竜児が打てるパンチはこの時点で左ジャブ、右ストレートのみなのである。

この事実に剣崎は竜児は辻本に勝てないと確信し、菊にタオルを渡す。

タオルを投げて降参しろという意味だ。

菊はそのタオルを弾き飛ばす。

まさか、竜児に勝算があるというのか?

おめえを天才だと思ってたのはおれの錯覚だったようだ

そんな捨て台詞を吐いて、剣崎が立ち去ろうと階段をのぼり始めたとき、たまたま足元にあったコーラの空き缶を足で蹴ってしまう。

空き缶が階段を転げ落ちていく瞬間に剣崎は気づいた。竜児が唯一勝てる方法に。

それにいち早く気づいていた菊はやはり自分をもしのぐ天才かもしれない。

剣崎はこのとき、菊を改めてリスペクトした。

唯一の勝算と涙のパンチ

菊は竜児が唯一勝てる方法を空き缶を使って示した。

その方法とは空き缶の上部を左ジャブで弾き、底が見えたところを右ストレートで打ち抜くというものだ。

(あっそうか。なるほど)

空き缶の上部が辻本のテンプル(おでこ)で空き缶の底がチンというわけだ。

これならアッパーカットが打てない竜児にも勝算はある。

おれがお前らに勝って有名になりたいのは、親父のせいで出ていったおふくろに帰ってきてもらいたいからだ。」

辻本はぶんぶん腕をぶんまわしながら、ここで真意を語る。

その言葉に気押され、菊からの辻本攻略法を理解したはずの竜児だったが、なぜか歯切れが悪く、パンチが出ない。

それどころかむしろ辻本の大ぶりなパンチをもらって、ついにはダウンを取られてしまう。

そう、心優しい竜児の脳裏には辻本の幼い兄弟たちの残像がチラホラとよぎるのである。

(辻本を倒せば、このかわいそうな子供たちは一生母親に会えないかもしれない)

辻本の真の目的を知った竜児は自分も似たような境遇で育ったことも手伝って、とどめのパンチを打つことを躊躇したのだ。

竜児がセンチになっていることを悟った菊はラウンドインターバルの際に竜児を諭す。

今まで何のために戦ってきたのか、思い出せ。

目の前にいる敵だけをぶちのめすんだ! いけ竜児!

勝負の最終ラウンド

涙を流しながらも、竜児は菊のアドバイス通りのパンチを打つ。

まずはテンプルに左ジャブ、辻本のチンがあらわになったところへ渾身の右ストレート

竜児の放ったコンビネーションパンチは的確にアゴをとらえ、辻本は場外へ転落。

このとき、竜児は勝負への執念と非情に徹することを学んだのだ。

自分の生半可なやさしさに勝ち、また一つ大きくなった。

試合が終わったにもかかわらず、あきらめきれない辻本は最後の力をふりしぼって、リングに上がり、再び竜児にパンチを打とうとする。

しかしその刹那どこからともなく「やめてえーーっ!」の一声。

声の主は辻本の母親だった。息子のことが心配でこの試合をこっそりと見に来ていたのである。

抱き合う辻本と母親。感動のシーンだった。

試合に敗れはしたが、目的を果たした辻本はその場で潔くボクシング引退を表明した。

多くのページ数が割かれたこの試合は、まぎれもなくリンかけ現実路線のベストバウトの一つにあげられる。

おまけ 志那虎戦の不可解な扱いについて

辻本戦に辛くも勝利し、次の準決勝、竜児の相手は志那虎一城だった。

しかしなんとこの試合の描写は割愛され、招来日本代表の一角を担う大物、志那虎は竜児の前にあっさりと敗れ去る。

1ページに「志那虎敗れる。一発のパンチも繰り出さずKO!

の見出しと無惨に打ちのめされた志那虎のワンカットのみのショボい扱い。

辻本戦で菊が辻本攻略のデモンストレーションとして放ったコーラの空き缶を、

客席で観戦していた志那虎が神技的ディフェンスを使い、クールにかわすシーンが前フリとして確かにあったのだが…..。

そのシーンは竜児と志那虎の壮絶な戦いを予感させるものだっただけに、この扱いは不可解というか、残念でならない。

この幻の準決勝の真相は定かではないが、おそらく次の決勝(剣崎戦)がかなりのボリュームとなることが予想され、やむなく割愛されたのだと勝手に推測する。